慶應義塾大学卒業、大学院修了後、清水建設株式会社で技術研究所主席研究員、横浜支店技術部長、技術開発部長等を歴任。現在も、ものつくり大学で教鞭を執られる傍ら、国土交通省、日本建築学会等の委員を多数務めておられます。
ここ数年、日本の建設業界には大きな変化の波が押し寄せています。その背景には、台風や地震など大規模な自然災害が立て続けに発生しており、それと同時に2020年の東京五輪が眼前に迫っていることが挙げられます。建築構造物は、新設既設を問わず、より一層の耐久性や保全性が求められると同時に、昨今は環境対応や健康安全への配慮が必須となっています。つまり、それぞれ方向性の異なる難しい課題をメーカーは背負っているのです。
今回は、こうした建築業界の難局面において塗料が果たすべき役割について、この領域にまつわる見識が豊富なものつくり大学名誉教授の近藤先生に率直なお考えを伺いました。
地震、豪雨、強風、酷暑…予想を超えた災害に対して塗料ができること
―― 2018年の夏から秋にかけて、記録的な高温、豪雨、台風、地震など想定外の自然現象が発生しました。特に今世紀最強とされる台風21号は、関西空港における広範囲の浸水、連絡橋損傷や7,322軒の住宅倒壊など大きな被害をもたらしました。
構造物の多くには塗装が施されており、このような構造物の破損は、私ども塗料メーカーにとっても全くの無関係ではありません。近藤先生は今回の自然災害と構造物との関係についてどのようにとらえておられますか?
日本のように地震が多いところですと、耐震性のレベルは世界で一番高いと言っても過言ではありません。建物の建築に関していえば、第二次大戦後の 1950(昭和25)年に施行された建築基準法があり、これをクリアする必要があります。その中で耐震設計基準も決まっています。耐震設計基準は1981(昭和56)年に大改正されており、それより前に設計施工された建築物の多くは耐震性能が劣ることになります。1981年以降に設計施工された建築物は耐震性が確保されていて、想定されている震度7程度の大地震が発生しても、建築物自体が倒壊することはないという考え方になっています。
そして、1995(平成7)年に発生した阪神・淡路大震災の後に「耐震改修促進法」という法律が施行され、現在は耐震診断を実施し耐震性が不十分であれば耐震改修するという方向で動いています。他方、豪雨については過去のデータを大きく上回る量が短時間で集中的に降っていますので、排水に対する考え方や設計方法を見直す必要があると思っています。
―― この数年で大規模な改修をする建物が増えていますよね?
法律で耐震改修を推進していますし、現実にも大規模地震が起きており、震災のリスクや危機感が高まっているからです。建築物が倒壊すると、その建築物だけではなくて周辺も巻き込む惨事になったり、救援や復旧に支障を与えたりしますから、関連する法律の整備が早急に進み、改修も急がれている状況です。
「耐震改修促進法」では、新耐震設計基準を満足する耐震化率を2020年までに95%にすることを目標としていますが、2018年の1月1日現在で約72.5%を越えた状態です。多額のお金が伴う問題ではありますが、基準を満たしていない物件「既存不適格」が存在しており、できる限り早く改修していかなくてはいけないのではないでしょうか。
立て続けに起こる想定外の自然災害
―― 地震だけではなく、大雨や強風、酷暑など想定外の気候が立て続けに起きています。
これまでの基準は過去のデータに基づいて作られています。しかしながら、近頃はそれを遥かに上回る災害が起こっています。工事現場のシート防水や外壁の仮設足場が強風で飛ばされたりなんてことが起きました。これまでの経験では、所定のアンカーをしてあれば耐えられるという前提でやっているわけですが、その前提を上回るものが今来てしまっているのではないでしょうか。
過去の経験や基準が通用しなくなっているような気がします。雨の量も多く激しく降り、建築でいえば、今までのドレンや樋の設計では間に合わず、溢れ出してしまうことになります。マンホールの蓋も持ち上がってしまう。地震も台風もこれまでのデータを基準として考えられていますが、それを越えているものが来る。地球が変わってきているんですね。
―― 規制や基準も改正されていくのでしょうか?
最新の耐震設計基準は兵庫県南部地震が起きた後、構造系の先生たちが委員会を作って厳しくした基準を地震発生の5年後に施行しました。さらに、耐震改修促進法は兵庫県南部地震が1995年1月に発生して、その年の12月には施行されており、緊急性をもって進められています。現在も緊急性を持って国家プロジェクトして、政策が進められています。
塗料が果たすべき役割
―― 補修、補強などの工事をおこなう際の、耐久性のある塗料の果たす役割についてどうお考えですか?
一言で耐久性がいいと言われるのですが、耐久性というのはあらゆる要求性能に対して経年劣化に対する抵抗性が大きいことを意味します。ひとつの分野や性能に限った抵抗性では耐久性とは言えないわけです。
屋外で使用される塗料の場合は、主に耐候性になると思います。紫外線や雨、湿気、熱に耐えられるという意味で耐候性になります。使用される条件で長期間にわたって要求性能を満足することが必要です。それはずいぶん昔から言われていたことですし、私が関わる以前からいわれてきた要求性能です。
一例として、防食性について言うと、「これはどこを防食するものなのですか?」ということになります。鉄骨がむき出しのような建築物なんてまず作らないですよね。かっこいいカーテンウォールなどをデザインして仕上げます。カーテンウォールの表面仕上げだったら、意匠性のほかに先程の耐候性が必要になってきますし、素地であるアルミニウム合金に対する防食性も必要になります。それは私がこの十年間の研究でようやくまとめた工場でおこなう塗装が対象となります。そこで、この研究では単に粉体塗料の耐候性のみではなく、素地調整を含めた防食性の評価も含まれており、大日本塗料さんをはじめとする多くの関係者のご協力を得て、2018年9月には日本建築仕上学会から「粉体塗装仕様標準指針・同解説」を発行しています。
後編へ続く
近藤先生ご登壇の”塗料による環境への配慮を考える”セミナー
近藤先生には、本年 4月に建築標準塗装仕様が3年ぶりに改定されたことを踏まえ「新たな時代に向けての建築塗装標準仕様の動向」をご講演いただきます。
このほか、当社の環境に配慮した製品設計・仕様策定に対する技術的な取り組みなど、塗料や塗装業界における最新動向をご紹介します。