新設より補修が増える次世代さび対策|サビシャット開発ストーリー

新設より補修が増える次世代さび対策 -サビシャット開発ストーリー-

国交省のNETIS(国土交通省運営の新技術情報提供システム)に認定された”粉塵無し”、”騒音無し”、”大掛かりな養生不要”のさび補修技術が誕生した背景に、異分野からの意外な発想あり。

素地調整における工数削減と環境配慮という難題

鋼構造物の塗り替え工事に占める素地調整工費の割合は、人件費や足場設費等の上昇に伴い増加傾向が著しい状況である。さらに、素地調整作業時の粉塵や騒音について環境、健康面など社会課題の視点で改善が求められている。工数工賃を下げながら環境・健康への配慮という二律背反の課題を解決する技術や手法があったら—。

この解を実現するために大日本塗料では、常識に捉われない開発に挑戦した。さび対策に関する課題解決のカギを握るテーマは、耐候性鋼、水、塩分の3つとなる。このテーマについて、意外な視点からアプローチし、次世代のさび補修のための製品が誕生した。これが『サビシャット』だ。

素地調整に「削る」ではなく「塗る」という考え方。カギを握るのは耐候性鋼

今から10数年前から、橋梁を含む鋼構造物は新設よりも補修、塗り替えニーズが徐々に増えていた。補修塗装が増すことに比例して現場塗装も増えてくる。
現場塗装をするときには素地調整=ケレンが必要になる。というのも、鋼材素地にほんの少しでもさびが残っている状態で塗装をすると、塗装後もさびが進行し続け、鋼材素地が劣化するうえ、さびで塗膜が押し上げられて(膨れて)、塗膜が剥がれてしまうためだ。このケレン作業に付き物なのが動力工具による「削る作業」だ。
このケレンが出来る場所であれば問題ないが、鋼材のつなぎ目となるボルト部や複雑に交錯する建築鉄骨など、動力工具を入れづらい狭い箇所はケレンが難しいため、補修塗装や塗り替え塗装に踏み切ることができず、さびが残ったまま10年以上経過している鋼構造物も少なくない。かつては7~8年おきに塗り替える鋼構造物も存在した。

この深淵なテーマへの取り組みについて当時、技術開発のリーダーとして牽引したのが、現取締役専務執行役員の里隆幸。「ケレンは塗装会社に任せておけばよいという考え方もあるが、以後益々補修案件が増加していく中で、簡便な素地調整ができればこんな便利なことはない。しかも『粉塵が出ない。騒音が出ない。大掛かりな養生も要らない。』-こんな社会課題を塗料で解決できる技術はないだろうか。一方、さびが残るような素地調整をして耐久性は大丈夫なはずがない、というのが定説。それなら、脆弱な性質のさびの固定化について技術的に掘り下げて考えてみよう。という発想でサビシャットの開発が始まった。」 —と当時を振り返る。

そもそも、さびはポロリと指で簡単に取れるもの、ガチっとして取りづらいものとに二分される。また、さびが生じる要因として水分の存在があり、水と酸素に塩化物イオンがさびの先端(さびとさびていない鋼材の境界)で作用し、その塩化物イオンの影響でさびがぐいぐい進んでいく。
この点について大きなヒントになったのが耐候性鋼だ。耐候性鋼とは、鉄の中に異種金属を混ぜて鋼表面に保護性さびを形成するように設計された低鉄合金鋼のことである。鋼表面に保護性さびを形成するように設計されたこの合金鋼は、塗装せずにそのまま使用しても保護性さびがコーティング材となるため、内部まで腐食が進行しない。この「さびでさびを守る」という性質は、当時、鋼材メーカーもこの技術を訴求していた。これがサビシャットの基礎技術となった。
次に、水分の問題の解決を考えたところ、水で固まる樹脂がDNTにはあった。大気中の水分と反応して固まる湿気硬化形ウレタン樹脂だ。これを使えばさびの中に存在する水分と反応して固まるぞと発想した。つまり、さびの中の水分が固まることでさびを強固な塗膜にできるのではないかと考えたわけだ。
最後に解決しなければならないのが塩分の問題だ。これを無害化するのはとても難しい。この点については、イオンでないような特性にすべく、水に溶けないように結晶化させることで解決することを考えた。

コンクリート劣化対策の技術を金属向けに応用

実は、この発想は、DNTの主流である鋼構造物向けの塗装技術から発想した内容ではない。
「入社以来、コンクリート構造物の劣化対策塗料の技術開発に取り組んできた。コンクリートはポーラス(多孔質)なので中に空隙があり、物質工学的には多孔質材料に分類されている。そのため、水やイオンが自由に移動しやすい性質。塩害を受けた鉄筋コンクリート構造物の補修技術の一つに、塩化物イオンで汚染されたコンクリートを鉄筋の表面まではつり取り、鉄筋表面に塩化物イオンを固定化して無害にするセメントモルタルを塗布している。ここから着想し塩化物イオン固定化剤を思いついた。即ち、この技術がさびの進行を抑制するのでは?と着想。鋼構造物における塩分と水分の問題解決に応用してみようと考えた。コンクリート補修に携わる技術の仕事を経験していなければ、そういう材料に巡り合えなかった。」と里は言う。

コンクリートクライシス(早期劣化)が社会問題として国会にも取り上げられていた30数年前、劣化しないための構造物をどう作ればよいのかを日々考えていた一人の技術者が視点を変えたことからサビシャットの開発が始まったのだ。鉄とコンクリートは同じ社会インフラであるが、全くの異分野である。結果として、コンクリート劣化対策技術を金属向けに応用し、組織や産業分野の壁を取り払う恰好で防食技術を結集し、従来の物理的な素地調整法を大胆に取り払っても、さびの進行を抑えられる全く新しい考え方の塗布形素地調整剤が誕生した。

「削る」のではなく「塗る」素地調整という考え方に到る苦労

使えそうな原料は明らかになった。次は、耐久性をどう評価するか。さびをまるまる残してよいのか?さびている状態から何の処理もしなくてよいのか?様々な場面を仮説として立て500以上の課題のクリアには随分時間を要した。課題を一つひとつクリアにする過程で、サビシャットを塗布するだけでサビ自体の抵抗値が高くなることがわかった。つまり、さび層が防食被膜となり、時間が経過すればするほど、水分も塩化物イオンも少なくなり分極抵抗が大きくなって、分極容量が小さくなった。結果として、これを測定できたことが、技術的にこの工法が正しいと証明できる大切なポイントとなった。

しかし、それ以外にもさびの厚みはどれ位なら大丈夫なのか。サビシャットの上に塗装する塗料はどういうものが適切なのか?サビシャットの塗布量は1㎡あたりどの位が適切なのか?塩化物イオン固定化剤の配合量はどの位が適切なのか?— 等々、膨大な数の実験を重ねた。こうして着想から製品販売まで、サビシャットの開発は2年強を要した。

さびの上に塗装なんてありえない!社内の猛反発から国交省推奨技術に認定されるまで

DNTは、重防食塗料で高い実績と歴史を積み重ねてきた経緯がある。全く新しい考え方のさび対策技術の確立はできたものの、「本当か?さびの上に塗装なんてありえない!」と社内の先輩方から大反発を受けた。一方、直属の上司は面白いという。営業の中には、これは化けるかも?と考える人もいた。そこで、「本当か?」を確認しようと追跡可能な物件に限定して試験販売することに踏み切った。さびによる劣化が進んでいる環境下において、サビシャット、従来のケレン、サビシャットを使わない、の3パターンで検証を進めた。その結果、特にケレンをしないと数年後には、かなりさびが進むといわれている物件から明確な結果が出始めた。

このような検証を重ね5年経過した時点で、経年に渡ってさびが止められた成果が明確に出た。すると、社内外で「これはイケる!」という評価となり、大々的にサビシャットの技術が認められていくこととなる。このタイミングでちょうど国土交通省の新技術情報提供システム・NETISが始まり登録を行った。登録の要件として、効果をウォッチしレポートしていくVE(Very Effective)を取る必要があり、登録まで3年かかった。これを手助けしてくれたのが東北地方整備局だ。東北の物件で効果があるという事実の報告が追い風となり、NETISにおいて、数ある新技術の中から2015年度の推奨技術に選定される技術として認定された。

物理的な素地調整が困難な箇所や火花を発生させてはいけない環境で採用が進む

サビシャットは、①4種ケレン(清掃ケレン)程度の素地調整で優れた防さび性が発揮できる。②さび層への浸透性、脆弱層の強化に優れている。③湿気硬化形樹脂を配合、さび層中の水分を除去できる。④さび層中の腐食性イオンを無害化できる。—主にこれら4つを特徴とした、唯一無二の製品として評価が高まっている。従来のプライマーや下塗りに分類されるものではない。

サビシャットは、物理的素地調整法を塗布形に転換するものとして、ボルト継手部、溶接部、桁端部、狭隘部など物理的な素地調整が困難な箇所、火花を発生させてはいけない化学工場、病院周辺など環境上の制約がある場所で、修繕改修の機会が多い現在、採用事例が増え続けている。

※記事内の肩書はすべて執筆当時のものとなり、現在とは異なる場合がございます。

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